人間未満 20人間未満目次


 
 千明が雅紀の愛人となって一ヶ月。
 名ばかりの夏休みに突入していた。
 特進クラス全員課外授業がある。
 隆司達成績上位陣は午前だけだが、千明のように、特進でもいつ『都落ち』するかわからない連中は、午後も授業が詰まっていた。

「千明、昼一緒に食べようぜ」
「隆司、午後ないじゃん」
 
 千明と隆司の関係に、表面上の変化はない。 
 隆司は千明が自分相手に切れ、入院した辺りから、何となくではあるが千明が自分に大きな隠し事をしていると感じていた。
 しかし、それは敢えて口には出さず、そのうち千明がその何かに押しつぶされそうになったら、自分から助けを求めてくるだろうと、思っていた。
 少し面白くないのは、千明があからさまではないが、隆司を避けている素振りを見せることだった。
 今までだって、千明が困った時は自分が助けてきたという自負が隆司にはある。
 小学生の時から、控えめな愛らしさを持つ千明は、同級生から、からかわれやすい対象だった。
 中学に入ってからは、その容姿と一見大人しそうな印象から、上級生の男女を含め邪(よこしま)な欲望の対象に見られることも多かったし、やっかみ半分で虐めの対象になることもあった。
 隆司にとって、千明は親友であると共に、自分が保護し守るべき相手として、位置づけられていた。
 変な話、千明が頼れる人間を自分一人になるように、自覚無いまま仕向けていた。

「リサが家族と旅行に行ってるだろ。午後からすることないし、一人で家で飯っていうのもな」
「それって、俺にリサの代わりに相手しろってことか? 隆司、図々しい」
「リサの代わりにお前がなるはずないだろ。はあ…してぇ〜」
 
 バンッと机の上に鞄を乗せる。

「千明? 何か怒ってる?」
 
 鞄から、弁当箱を乱暴に取り出した。

「お前な、学校で『してぇ〜』なんて、言うな。エロがっぱ。そんなにやりたいなら、その辺の雌犬の尻でも追いかけろよ」
「ひでな…。犬より、羊が具合がいいらしいぞ。雌ならこの際、何でもいいか」
 
 雌なら…か。俺は動物以下か…。
 無神経な隆司の言葉に、千明の機嫌は悪くなる。
 しかし、以前ほど隆司の一言一言に傷つくことがないのは、自分が隆司以上に「いやらしいこと」をしているからかも知れない。
 雅紀に抱かれることは、苦痛でしかなかったが、どうしようもなく堕ちていく自分を自覚することで、千明は精神のバランスをとれるようになった。
 隆司を想い胸に走る痛みを、隆司を思わせる顔立ちの雅紀が抜いてくれる。
 それが、尋常じゃない行為、関係でも、ただ隆司を想って一人嫉妬に苦しむよりは、千明には遥かに楽だった。

「隆司、弁当持ってないんだろ?」
「売店で買ってくるから、屋上で待ってろ」 

 はいはい、と千明は屋上に向かう。
 隆司は屋上が好きだ。このクソ暑い夏に屋上に出て昼をとる生徒は少ない。
 学校でも喫煙する隆司には、この場所は人目がなくて都合がいいらしい。
 自分専用の灰皿だといって、上部をくりぬいた水入りの空き缶まで用意し隠してある。
 肌を焦がすような日差しを避けるため、千明は貯水タンクの陰に身を置いた。
 昨日も、雅紀と一緒だった千明の身体は、まだ気怠さを引き摺っていた。
 日陰に座っていると、授業中の睡魔が戻ってきて、ウトウトしてしまった。




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