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ナイフが胸に突き刺さる、そんな痛みと表現する人もいるが、違う。 キリの先が勢いよく心臓を突き、そこから鋭い痛みが螺旋状に身体を浸食してく。 今、千明(ちあき)はその痛みを堪え、英語の宿題プリントに取り組んでいた。 「俺、人から何て言われようが、ホモとかゲイとか呼ばれる人種が大ッ嫌いなんだ」 同級生の女の子に囲まれ、最近話題になった高校生同士の同性愛を題材にした映画の話に、机の上に腰掛けた戸田隆司が俺に振るなと、声を荒げている。 「うわ、問題発言じゃん。心せま〜」 「うぜ〜よ。お前ら。嫌いなものは嫌いなんだ! もし、自分の周りにそんなヤツがいたら、俺は完全シカトするね、なあ千明」 わざわざ後ろを振り返り、話の輪に入ってない千明に同意を求める。 「何のこと? ごめん、英語の宿題終わってなくて…、聞いてなかった」 もちろん全部耳に入っていた。 隆司が近くにいて声が聞こえるだけで、千明の耳は研ぎ澄まされる。 声だけじゃない。 姿を見れば、無意識に目で追ってしまう。 だから、意識して見ないよう努力する。 「チェッ、聞いてなかったのかよ」 「中野、こんなヤツの友達やめちゃいなよ。隆司って、マジ心狭いよ」 「ごめん、話見えないんだけど」 「中野も、もしかして、ゲイとか駄目? 気持ち悪いの?」 「それは…」 気持ち悪い……正にその通りだ。 自分を気持ち悪いという思いは、もう三年ぐらい続いている。 友人の隆司の胸に包まれ夜を共にしたいと妄想を抱くようになった中学二年からずっと。 「決まってんだろ、千明は俺が嫌いなものは嫌いなんだ。そうだよな、千明」 「あぁ」 「うわっ、相変わらずの主従関係。中野こんなやつの友達止(や)めちゃえば?」 女子の一人が指摘したように、千明は何でも隆司の言いなりだ。 端から見れば、横暴な隆司に大人しい千明が振り回されているように見える。 しかし、実際は大人しすぎるが為、虐めの対象になりやすい千明を隆司が側にいることで守っていた。 「こんなやつでも、俺には大事な友人だから、イテェ」 コツっと頭に軽い拳骨が飛んできた。 「失礼なヤツだ。こんなやつで、悪かったな」 隆司が白い歯を見せ、笑った。 その笑顔だけで、心臓に突き刺さる痛みが薄れていく。 彼が同性愛を毛嫌いしようと、友達を続けていくことさえ出来れば、この笑顔が自分に向けられるんだ。 …しかし… 「ちょっと、あんた達、人の彼氏で何遊んでるのよ」 「お、リサか。じゃあ、俺たち次ふけるからヨロシク」 自分以外にもこの笑顔は向けられるのだ。 違う。 自分以上に愛情のこもった笑顔をこの女には向けるのだ。 「何、あんた達、授業サボってどうする気?」 聞かなくてもいいことを女子の一人が訊く。 「決まってるだろ。ホテルだよ。平日の昼間は安い」 薄れたはずの痛みが千明の胸に再度突き刺さる。 「何、それ。ねぇ、呆れた…」 「千明、わり〜が、ノート後で頼むわ」 今、自分が嫉妬でどんな顔をしているのか恐くて、下を向いたまま「了解」と答えた。 |