人間未満 16人間未満目次


 
「千明君、千明…、残酷なことを言ってもいいかい?」
「…なんですか」
 
 男がティーカップをテーブルに置き、代わりに煙草を取り出し火を付けた。
 ふう〜っと、煙を吹き出すと、千明に射るような視線を飛ばす。

「隆司は君を好きにはならない。友人としては特別だとは思っている。アレの口から君の名はもう何年も聞かされているから、それはわかる。けれど、君の好きと種類が違う」
「そんな、こと…、そんなことッ」 
 
 手が震え、手に持ったティーカップから中身が溢れそうになる。なんとか、それをテーブルに置くと、空いた手で拳を作り、膝の上に固定した。

「万が一にも、アレが同性を好きになることはない」
 
 ハンマーで頭を殴られているような衝撃がはしる。

「同性愛とかゲイとか毛嫌いしている。千明が自分のこと好きだと知ったら、どうなると思う? 分かっているんだよね? だから、あの日、君は自暴自棄になっていた」
 
 熱い雫がポツリ、ポツリと握った拳に降りかかる。

「何も泣く必要はない」
 
 男は煙草を消すと、千明の真横に移動し、肩に手を回してきた。

「千明、君、私の愛人になりなさい。私と隆司は顔付きが似ていると思う。隆司の代わりになってあげるから。そうしなさい、というか、命令だけど」
「…嫌だ……似てても隆司じゃない。今日だけで許して」
「どうせ、隆司は振り向きはしない。君がどう思おうが、あいつは女の子しか相手にしない。君をこうやって抱きしめる腕も心もない。あいつが好きならそれでいい。だけど、千明だって、このままじゃ苦しいだけだろ? 身体だけ、私に預けなさい。色々教えてあげるから。変な男より、隆司と血の繋がった私の方がいいだろ。隆司だって、元は私の身体の一部だ」
「…身体の一部?」
「ああ、そうだ。元は私の精子の一つに過ぎない。隆司の身体を作った元を、君の中にも注いであげるよ」
 
 滅茶苦茶な理論が、ジンワリと千明の心を侵食する。

「私は、悪い大人だからね。君が拒否するなら、隆司に全てを話してもいい。君が私からしゃぶられ、イッたこと。君が私の前で足を広げ、私のモノをヒィヒィ言いながら受け入れたこと」
「止めろっ!」
 
 聞きたくないと、耳を塞いだ。
 その手を男が剥がす。

「愛されない隆司に操を立てるなんて、そんな馬鹿げたことするようなら、壊してあげるよ。君の最初の望み通り。ただし、それは君ではなくて、君と愚息の関係だけどね。どうする?」
 
 耳元で『千明、愛人になりなさい』と囁かれ、千明は首を横ではなく、縦に振った。
 選択の余地はなかった。
 男の張った網にはどこにも逃げる隙間はなく、この男と関係を持つことが、何故か自分と隆司の距離を縮めるような錯覚を千明におこさせていた。

『隆司の身体を作った元を、君の中にも注いであげるよ』
 
 悪魔の囁きが耳に残り、男の腕の中で瞼が重くなる。

「効いてきたか…。千明、君はもう逃げられないよ。可哀想にね」
 
 紅茶の中の睡眠薬が千明の身体を巡り、千明は悪魔の腕に落ちた。

「馬鹿な息子だ。こんな可愛い子の気持ちが分からないとは。そういう鈍いところは、母親譲りか」
 
 意識を飛ばした千明の頭を、男はしばらくソファの上で撫でつけていた。




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