人間未満 14人間未満目次


 
「…何しに」
「ひでぇな。見舞いだろ。様子がおかしかったのも、言動が変だったのも、熱のせいにしといてやるから、気にするな」
 
 残酷なまでに心の広さを見せる隆司に、あれだけ悲壮な決意で決別を申し出た自分が可哀想になる。
 この優しい友は、自分が恋愛対象として見られていることに、少しも気付いていない。
 付き合っている彼女の方が勘づいているというのに。

「…悪かった……どうかしてた…」
 
 分かってくれない隆司相手に、何を言っても無駄だと思った。
 棘が刺すなら刺せばいい。
 もう、限界は超えたのかも知れない。
 隆司の背後で笑顔を向ける男が、隆司の父親である事実 が変わらない限り、隆司の彼女達に嫉妬する資格すら自分にはないんだろう。
 そして、その事実は絶対に変わらない。

「ま、千明の反抗期だと思っててやるから、心配するな」
「ふん、…心配してない…」
 
 隆司の背後に見える男の存在を無視して、精一杯の強がりを見せる。

「思ったより、元気そうだね。改めて、初めまして。こいつの父親です。名前だけは知っていたからいつか会ってみたいとは思っていたんだが…。あ、そう、これ」
 
 手に持った花束を男が千明に手渡す。

「後で、看護師さんにでも生けてもらって」

  …どういうつもりで、この男は此(こ)所(こ)に姿を見せたのだろう……
 
 隆司に不審に思われないよう、平静を装って受けとるが、その手は震えていた。

「じゃあ、疲れさせても悪いから、我々は失礼しよう」
 
 男が隆司を促す。

「ああ、千明早く学校に出てこいよ。いつも世話になってるから、ノートぐらい貸してやるからさ」
「…隆司の字は読めない…」
「そりゃ、そうだ。ま、解読してくれ」
 
 ハハハと笑いながら、隆司は男、父親と帰って行った。
 残された花束。
 花の名前はわからないが、そう安くはなさそうだ。
 色取り取りの花が品良く纏められている。
 よく見ると、中に小さなカードが埋もれていた。
 それを取り出すと、花束はサイドテーブルに置いた。
 白い二つ折りのカード。
 千明君へ、と書かれていた。
 その字は明らかに大人の字で、隆司からではないことが分かる。
 ゆっくりと開く。

『 退院する日に、電話するように。
  バラされたくなかったら、絶対にね。
  再会を楽しみにしてるよ。
    090××××××××
             隆司の父より』 

 十六歳の千明が今まで感じていたより、世の中はずっと、残酷らしい。
 一夜の過ちでは済まされないのだ。
 底なしの沼に飲み込まれていく恐怖を、一人ぼっちの白い部屋でヒシヒシと感じていた。



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