人間未満 13人間未満目次


 
「…せ……ん……メ………い………」
「千明、気が付いた? お煎餅
(せんべい)が食べたいの?」
「…かあ…さん…」
 
 重い瞼を開けると、母親の心配そうな顔があった。母親の顔の向こうに、白い天上が揺れていた。
 自分の部屋でないことは直ぐに理解できた。

「…ここ、どこ」
「病院」
 
 熱が下がらず意識が戻らなかったので、救急車を呼んだらしい。

「風邪と過労って言われたけど、あなた別に労働しているわけでもないのにね。帰って来ないで遊び過ぎて倒れたんじゃ、母さん怒るわよ」
 
 嫌味な言葉とは裏腹に、母親の顔は安堵の表情が浮かんでいた。

「個室なんだ…」
「そうよ。個室しか空いてなかったの。高いんだから、当分小遣いは無し」
「分かった…。ごめん…心配かけて。いつ退院? 学校…行かなきゃ」
「熱が下がれば明後日には退院だって」
 
 風邪ぐらいで大げさだな、と思う。
 きっと母親が仕事で看護できないから、医者をねじ伏せたのだろう。

「じゃあ、仕事行くから」
「仕事って…、今日何曜日だよ」
「日曜日」
 
 だから、何? という表情を残し、母親は千明の病室から姿を消した。
 父親が愛想尽かす気持ちも分かる気がした。
 個室を用意してくれただけでも、あの母親からすれば上出来だ。愛されてないわけではない。
 外泊を心配したり、意識がなければこうして十分すぎる環境を与えてくれる。
 高校生にもなって、側にいて欲しいと思う自分がおかしいのかもしれない。
 テレビドラマに出てくる病床の子どもにリンゴを剥いてあげたり、お粥を食べさせたりする母親像を求めても無駄なことは、小学生の頃から理解しているというのに、何故か今は側にいて欲しいと思った。

「俺、寂しいのかな……」
 
 口に出すと、寂しさが溢れそうになった。 
 理由は判っている。
 隆司との友人関係を自分から解消するようなことを口走ったからだ。
 あの父親の存在がある限り、二度とあの家の敷居も跨げない。
 母親が不在がちでも寂しくなかったのは、隆司が側にいてくれたからだと、白い天井を見ながら思う。
 ツーッと、目の端から涙が流れる。耳の横を通り、首を伝り、枕が濡れた。

「よ、千明。どうだ、気分は?」
「…何で…」
 
 会いたくて、でも、会いたくない人物。
 それと、もう一人。

「この間はどうも。激しくぶつかったのが原因で倒れたのかと思って。長年、隆司の友達だっていうのに、会うのがこの間が初めてだったね、千明君」
 
 にっこりと笑顔を浮かべ、見舞いの花束を持ち、隆司と一緒にその父親が入ってきた。


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