人間未満 11人間未満目次


 
「千明、いないの? 何だ、いるじゃない」 
 
 帰宅した母親が布団を捲る。

「…お帰り…」
 
 布団を被ったまま、時間だけが経っていた。
 震えていた身体は、ある時点から急激に熱くなっていた。

「お帰りじゃないわよ。鍵開けっ放しだし、呼んでも降りてこないし、それから下に隆司君来てるわよ」
「…会いたくない…気分が悪い…」
 
 会えるわけなかった。
 どんな顔で向き合えというのだ。

「そういえば顔色が悪いわね。どれどれ」
 
 母親の手が千明の額に置かれた。

「あなた、熱あるわ。一晩人に心配掛けた罰かしら」
 
 罰…当たった……
 親友を好きになった罰。
 同性を好きになった罰。
 そうかも知れない。

「…そうだね…バチだ…」
「じゃあ、隆司君には帰ってもらうわよ」
「…うん」
 
 しょうがないわね、と母親が出て行った。 
 …無視…するしか……ないんだ……
 学校でも意識を失った千明だったが、更なる過酷な現実に耐え切れず、その身体は高熱に見舞われていた。
 母親の足音が小さくなるのと同時に、千明の意識も薄れていった。


                         ☆


「俺、戸田隆司。あ、名札に書いてるか。見れば分かるって、突っ込まれなくてよかった」
 
 並びあった席に座るなり、初対面の隆司は親しげに自己紹介を千明にしてくれた。
 それで、千明の緊張が一気に解けた。
 あの氷がさ〜っと溶けていくような感覚を、今でも千明は鮮明に覚えている。
 千明と隆司は小五の春までは別々の小学校に通っていた。 住所は近いのだが、校区が違っていたため、お互い面識はなかった。
 それが一変したのが、小六の新学期。
 少子化の影響で、小学校の統廃合により、千明の通っていた小学校が閉校となり、児童は別の校区に振り分けられた。
 千明の住む地区の児童は、隆司のいた小学校に通うことになったのだが、その数は学年で僅か八人だけだった。 
 その八人が五クラスに更に分けられた。当然、一人になる子も出てくるわけで、千明は正にそんな一人だった。




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