獣以上 6獣以上目次

「静かにしろ。いくら個室だとしても、騒ぐと他の客に迷惑だ」
「…留学されてたと聞いてます。…違うんですか?」
「確かに留学だ。だが、それが本当の理由じゃない」
「いい加減にしてくれ…そんな話、千明に聞かせなくてもいいじゃないかっ!」
 
 赤かった顔が、青くなる。

「行くぞ、千明。酔っぱらいの戯れ事になど、付き合ってられるか」

 隆司が千明の腕を取り出て行こうとする。

「幸司、日本に帰国している」

 隆司の足が止まる。

「…いつ?」

 隆司の声が、震えている。

「さあね。いつかは知らないが、会った」
「……いつ、会ったんだ」
「今日。取引先として、社に挨拶に来ていた」
「俺には関係ない…俺は覚えてないっ! 何も無かったんだっ」

 混乱気味の隆司を千明が心配そうに見つめている。

「じゃあ、兄弟仲良くしろよ。家に戻ってくるかも知れないしな」
「仲良く? 何を言ってるんだよ、親父。兄貴と仲良くしたいのは、俺じゃなくて、親父だろ。千明、行くぞ」

 止まっていた隆司の足が動き出す。

「千明、」

 雅紀が千明を呼び止めた。

「幸司と隆司の間にあったこと、ちゃんと教えてもらいなさい」
「親父ッ!」
「はい。何を聞いても、俺は隆司が大事だから…大丈夫です。ごちそうさまでした」

 千明が隆司の背中に手をあて、二人は個室を出た。

「なんだ、アレ? 地獄を見た千明の方がよほど、胆が座ってるな。…違うか。地獄を見せた、だな…」

 過去を封じ込め無かったことにしても、いつかは過去が今を追い込む時が来る。
 あの二人には、幸司の事は恋愛における絆を深める一滴のエッセンスぐらいにしかならない。
 だが、俺は……。
 過去が突如顔を出し、雅紀を追い詰めようとしていた。

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