獣以上 5獣以上目次

「なんだよ。美味いモノって、居酒屋かよ」
「文句言うな。ここは、お前達が行くような安っぽい店じゃない。喫煙の個室だから、文句言うな。吸うんだろ」
「吸わない。やめた」

 雅紀行きつけの居酒屋。居酒屋といっても、大学生や若いサラリーマンがたむろするようなチェーン店ではなく、シックな内装の、レアなワインも置いてあるような店だ。
 昨今、喫煙者は、飲み屋でも肩身の狭い想いをすることが多いが、ここは、喫煙者向けの個室があるので、気兼ねなく煙草が吸える。

「やめたのか?」

 隆司が千明をチラッと見る。

「千明に頼まれて、と言うところか。キスするとき、煙草臭いのが嫌だとでも言われたのか」

 雅紀も千明を見て、続けた。

「そんなこと、言いませんっ! 俺、隆司の煙草の匂い、嫌いじゃないけど…」
「けど、?」
「長生きして欲しいから」 
「高校生で、もう寿命の話か? 俺には、千明そんなこと、一度も言わなかったくせに。やはり、奴隷失格にして、良かったよ」

 千明が、以前の関係を持ち出され、困ったように下を向く。
 こういう千明を見ると、雅紀は千明を手放したのが惜しくなる。
 千明の困り切った顔も、堪え忍ぶ顔も、泣き叫ぶ顔も、全てが雅紀の好みだ。

「ははは、お前、愛されてるな」
「当たり前だろ。悔しかったら、遊んでないで、親父も本命作れ」
「本命ね〜」

 運ばれてきたコロナにライムを落とし、隆司の言葉から逃げるように、ライトな液体を喉に流し込む。

「遠慮することないぞ、千明。ドンドン食べろ」

 料理が運ばれてくると、雅紀の奢りだというのに、隆司が仕切り始めた。
 若い二人には、雅紀の本命話など、さほど、興味はないらしい。
 食事が進むにつれ、自分達だけで楽しそうに盛り上がる二人。
 疎外感を感じて、支払い担当の雅紀としては少々面白くなかった。
 幸司の話を聞いても、俺を無視できるのならやってみろ。
 少々大人げない想いで、雅紀は目の前の二人が食欲を満たすのを眺めていた。

「ご馳走様でした。美味しかったです」
「ああ、悪くなかった」

 千明が手を合わせ、隆司は腹をさすっている。

「俺はまだ呑みたいから、もう少し付き合え」
「しょうがね〜な。俺たちも酎ハイ頼んでいいか?」
「酒は家だけにしとけ。コーラ頼んでやる」 

 高校生だから止めておけ、と保護者面するつもりはないが、アルコールで正体をなくし、補導されても困る。
 ケチ、と隆司がふて腐れるのを、横の千明が宥めている。

「俺たちは、コーラ頂きます」

 二人分のコーラを頼み、それが運ばれて来ると、雅紀は本題に入った。

「千明は、こいつの兄貴の話を訊いているか?」
「幸司さん?」
「なんだ、千明は幸司を知っているのか」
「当たり前だろ。千明がうちに来だした頃、兄貴は家にいたんだから」

 何を言い出すつもりだと、隆司が雅紀を睨み付けた。

「そうか。知ってるのか。でも、幸司が家を出た理由は知らないだろ?」
「親父ッ!」

 真っ赤に上気した顔で隆司が叫んだ。


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