獣以上 4獣以上目次


 ニューヨークの寒さも厳しかったが、日本も寒い。
 さすがに雀が凍って落ちてくることはないが、疲れているせいか人肌恋しい。
 違う。
 寒いからじゃない。
 幸司が突然現れたからだ。

「親父!」
「おじさん!」

 大声で呼び止められ、振り返る。

「くたびれた後ろ姿だったぞ、親父」
「失礼だろ、隆司。…こんばんは」

 ちょっと照れたような顔で、千明が挨拶をする。
 まだ雅紀に会うと、以前の関係を思い出し、どういう顔をしていいのか分らないらしい。 
 そりゃ、忘れろという方が無理だろう。
 無垢な身体に、あれこれ教えてやったのはこの俺だからな。

「ホテル帰りか。千明、ヤッた後は顔に出るからバレバレだ」
「ホテルじゃねえよ。俺の部屋」
 
 一々報告することないだろ、と千明が頬を染め隆司の脇腹を肘で突いている。

「ホテル帰りでもなく、高校生が深夜に徘徊とは褒められたことじゃないぞ」
「なんだよ、それ。ホテル帰りだったらいいのかよ。全く親父はズレてんな。腹が減ったからメシに出たんだよ」
 
 隆司が口を尖らせた。

「…スミマセン、買い物に行ってなくて…今日、家政婦さんも休みだったみたいで…俺は宅配のピザでもいいって言ったんですけど」
「んもぅ、どうして、千明が親父に謝るんだ。千明が作る義務ないだろ。嫁じゃないんだから」

 まだまだ、我が愚息は分ってないらしい。 
 嫁だと言われた方が、千明には嬉しいことだということが、若い隆司には分っていない。
 雅紀が千明の方を見た。
 案の定、顔が曇っている。

「そういう意味じゃないから、心配するな、千明。うちの息子は頭は良いくせに、言葉足らずで無神経だから」
「俺、気にしていませんから。隆司は逆に気を遣ってくれているだけです。俺を尊重してくれてるから…だから…」
「ちょっと、なに二人でやってんだよ。心配するとか、無神経とか、何だよ、ソレ」

 自分だけ置いてけぼりをくったような二人の会話に、隆司が口だけでなく目も尖らせた。

「怒るな。腹が減ってるんだろ? 奢ってやるから、一緒に来い。美味いもの喰わせてやる」
 
 一夜の暖の為に誰かを部屋に引きこむよりは、若い二人と食事をする方が楽しそうだ。
 それに、幸司が姿を見せたことを、二人には知らせておいた方がいいような気がした。
 今更隆司が幸司の事で揺れることはないだろうが、千明は幸司と隆司の過去を知らない。 
 いずれ知るなら、早い方がいいだろう。
 嫉妬はするだろうが、この二人なら問題ない。
 問題あるのは……幸司の出現に動揺している俺だけか…
 

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