獣以上 3獣以上目次


「北米対策室の戸田です。本日は、ありがとうございます。どうぞ、お掛け下さい」

 名刺の交換が終わると、三人はソファに腰掛けた。

「本社からと伺っておりますが、急な人事だったんですね。前任の山根さんは、どちらに?」

 平静を装いながらも、雅紀の視線は目の前の青年に釘付けだった。
 やはり、アメリカにいたのか。
 AT本社からの移動だとすると、そういうことになる。

「入れ替わりで本社に。彼が始めた御社との共同プロジェクトも私が引き継ぎますので、戸田部長、よろしくお願い致します」
「ええ。それはもう。本社から代理店代表でいらっしゃったということは、優秀だと太鼓判を押されているのと同じ。安心していますよ」

 あれから、何をしていたんだ。
 どうして、俺の前に現われた?

「戸田部長さえよろしければ、我々だけの時は、どうぞファーストネームでお呼び下さい。お互い戸田ですし、これから、懇意にして頂くわけですから。彼も、リチャードで構いません。ご存じのように、私とリチャードはアメリカ本社からなので。もちろん、日本のビジネスマナーも理解しています」

 昔のように、幸司と呼べというのか?

「リチャードは、外国名なので抵抗ないが、戸田君は日本人名なので…」
「恥ずかしいですか?」

 挑発するように、嘲笑を含んだ声だった。

「幸司、と呼ばせて頂こう。もちろん、周囲に人がいない時に。御社内では問題ないのかな?」

 君が希望するなら、呼んでやろうじゃないか。

「ええ、うちでは問題ありません。リチャード、戸田部長にあれを」

 促され、リチャードがA4サイズの封筒を雅紀の前に出した。

「今回、TOPだけでなくプロジェクトチームも入れ替わっています。これが名簿です。今後このメンバーで進めさせて頂きます」  

 ズラッと列記された名前に目を通す。日本人が殆どいない。

「これは、斬新な人事ですね。つまり、日本国内だけでなく、アジア全体を視野に入れているということでしょうか?」
「さすが、戸田部長。中国は外せませんし、新興国いも参入したいと考えてます。しかし、アジアにおける拠点はやはり日本でないと」
「なるほど。今回の移動はATの社運が掛かっているというわけですね。こちらとしても、本腰を入れざるを得ないというわけだ」
「仕事の規模に関係なく、戸田部長は仕事には厳しい方だと伺っていますので、幸司も私も安心しております」

 リチャードが、チラッと幸司を見る。
 その視線が艶っぽい。
 ただの補佐なのだろうか?

「お疲れのところ、ありがとうございました。今日はご挨拶に伺っただけなので、これで失礼いたします」

 幸司とリチャードが応接室を出て行く。
 吸い寄せられるように、二人の後を追った。
 エレベーターに向かう二人の姿。
 リチャードの手が幸司の腰に回り、耳元で何かを囁いていた。

「幸司、」

 雅紀の声に、幸司だけが振り返った。

「何か?」
「…君たちは、その、…イヤ、何でもない」

 俺は、一体、何の確認をしようとしているんだ?

「何かありましたら、いつでもご連絡ください。お渡しした名刺に携帯の番号も載せていますので」

 それは、俺からアクションを起こせということなのか? 

「では、また、」

 二人一緒に会釈をし、エレベータ―の中に消えた。
 

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