獣以上 15獣以上目次

 それから二週間、雅紀は忙しく動き回っていた。
 二度の北米出張と、先日ニューヨークで独占ライセンスを獲得してきたマッサージクリームの国内販売に向けの部内会議、AT関連で広告代理店との打ち合わせ等々、珍しく残業と休日返上で動いていた。
 時間外労働など、仕事が出来ないヤツのすることだと豪語して憚らない雅紀が、自ら忙しくしているのには、理由があった。
 仕事に打ち込んでいないと、幸司の事を必要以上に考えてしまう。
 興信所を使ってでも、幸司が音信不通になってから、ATの社員として自分の前に現われる迄の事が知りたかった。
 雅紀は、幸司が去ったのは、自分を愛しているからだと信じていた。
 今も、そうだと信じたい。
 だが、数年で違う男と現われた幸司に、もう自分への愛情はないのだろう。
 認めなくない。
 だが、現実だ。
 だとしたら、何が切っ掛けで…
 自分の元に逃げ込んできた千明を思い出した。
 幸司も自分から逃げるために、誰かを必要としたのではないか? 
 都合のいい解釈だけが、浮かぶ。
 そんな自分が嫌で、仕事に打ち込む日々だった。
 
 …千明?
 
 会議から会議の梯子
(はしご)の途中、珍しく千明かららの着信が入る。
 雅紀の携帯に千明が頻繁に掛けていたのは、まだ彼が雅紀の奴隷としての教育を受けていた頃の話だ。
 隆司と上手くいってからは、掛けてくることはなかった。

『仕事中ですか?』
「珍しいな。どうした?」
『…その、早く帰って来て頂けませんか…隆司が大変なんです』
「大変? 何かしでかしたのか?」
『…幸司さんが、突然現われて…、姿見た途端、震えだして…様子がおかしいんです』
「幸司が何か言ったのか?」
『…いえ、特別なことは。ただいまって。それから、大きくなって、ビックリしたって。それから…僕の事を見て、君が隆司の彼氏?って…そうしたら、隆司が真っ青になって、ブルブル震えだして…部屋に籠もって僕を中にいれてくれないんです…』
「幸司はまだ、いるのか?」
『おじさんの部屋にいます。あんな隆司、見たことがなくて…』
「分った、直ぐに戻る」
 
 会議がまだ一つ残っている。
 自分の権限で明日に変更がきく部内会議だった。
 雅紀は微塵の迷いもなく、会議より幸司が待つ帰宅を選んだ。

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