獣以上 14獣以上目次


「隆司か。アイツは今、脳内が沸いているぞ。この世の春を満喫中だ」
「彼女がいるんだ」
「違う。彼氏だ」

 幸司が、え? と息を呑む。その拍子に指先のガラムを床に落とし、慌てて拾いあげた。

「そんなに驚くことか? あいつが男もOKなのは、お前が一番知っているじゃないか」 

 再会後、幸司が見せる初めての動揺が、自分のことじゃないことが、雅紀には不満だった。

「…OK? 違うでしょ。むしろ嫌悪していたはずだ…。バイ菌をみるような目で俺を見ていた」
 
 隆司だけでなく、幸司にとっても思い出したくない記憶だったようだ。
 隆司と違い、克明に幸司は覚えている。
 昔の記憶を手繰り寄せた幸司は、怯えた雛鳥のように見えた。
 雅紀がその身体を今直ぐに抱き締めてやりたい程、か弱い存在に戻っていた。

「もう、ボク、とは言わないんだな。大人になったと言うわけだ。俺のベッドに入って来てた少年は、今じゃあ、キスマークを付けて仕事する大人に成長したってことの方が、俺には隆司のことより驚きだ」
 
 だが、雅紀は自分の衝動を抑えるように、挑発的な言葉を投げつけた。
 雅紀の言葉で、幸司がハッと我に返る。

「戸田部長、そろそろ仕事に戻りましょう」
 
 プライベートの話は終わりだということらしい。

「家にも顔を出せ。隆司も会いたがってるぞ」
「ええ、そのうち」

 表情一つ変えず、幸司が答えた。

「隆司は覚えてないが、もう、全て知ってるから、謝罪の機会を与えてやれ」
「それは結構です。もう、過去のことですし、隆司は弟以外の何者でもありませんから」
「俺も過去か。じゃあ、父親以外の何者でもないってことか」
「それは違うでしょ、戸田部長。父さんと呼んでも、あなたは本来私の父親ではない。過去も何も今は仕事のパートナーですよ」
「そうだったな。仕事だけのパートナーだ」

 『だけ』と強調した。
 その中に自分の女々しさが含まれていると言った瞬間に感じた。
 幸司に嫉妬深い自分を気付かれたかもしれない。
 それを誤魔化すように雅紀は、

「いい仕事が出来そうだ」
 
 ハハハと笑って見せた。
 休憩後、アンテナショップの場所候補まで三人―雅紀と幸司とリチャードで詰め、その日はお開きとなった。
 リチャードが、雅紀と幸司から漂うガラムの匂いに一瞬眉をひそめたものの、お互いを牽制しあうこともなく、ビジネス一色で終わった。

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