獣以上 13獣以上目次


「ご一緒しても構いませんか?」

 雅紀がガラス張りの喫煙スペースでガラムを燻らせていると、幸司が入って来た。

「相変わらず、甘い煙草が好きなんですね、父さん」

 父さん、という幸司の言葉に、雅紀が煙草を指から落としそうになる。

「…幸司、…お前、」
「そんなに驚く事もないでしょ? 私など、思い出す価値もないぐらいの存在かも知れませんが」
「それは、幸司の方じゃないのか?」
「どうして私が?」
「俺から離れていったのは、君だろ」
「そうでしたか?」

 とぼけながら、幸司が煙草を取り出す。

「…それ、」

 幸司の銘柄もガラムだった。
 バリ島で好まれる甘い煙草。
 丁子のはじける音と、加熱による発する甘い香りだ。
 フィルターに塗られている蜜で実際味も甘い。

「この独特の香りが好きなんですよ。この香りに包まれていると、父さんと一緒に寝てる気になる…なんてね」

 雅紀の事が忘れられず、吸っているように聞こえる。

「父さんは、狡い。何年経っても昔と変わらない。煙草の銘柄まで変わってない。まさか今もガラムとは思いませんでしたよ。追い掛けて来て良かった」

 ふう、と幸司が煙を吐く。

「幸司、いつから煙草始めたんだ? 吸ってなかっただろ」

 幸司が煙草を吸う仕草は、雅紀の知らないものだった。

「家を出てから直ぐに。インドネシアからの留学生が父さんと同じ匂いの煙草を吸っていたので…、喫煙自体したいとは思いませんでしたけど、この香りが好きで…そこからですね」

 懐かしむように遠くを見ていた幸司の目が翳る。

「リチャードもガラムの愛煙者か?」
「いえ、彼はマルボロですね。彼にガラムの香りは似合わないでしょ」

 似合う似合わないという、幸司の基準はどこにあるんだ?

「彼とは、そういう仲なんだろ?」
「そいういう? 寝ているという意味なら、イエスですね」

 今度はハッキリと関係を答えた。

「妬けますか?」
「いや」

 嘘だ。
 ムカムカするぐらい、腹立たしい。 
 頭の切り替えに逃げて来たはずが、真実を突きつけられる結果に、雅紀のプライドが本心とは反対の言葉を吐かせた。
 嫉妬するような男だと思われたくない。
 勝手に離れた幸司に、大人の余裕を見せつけたかった。

「残念。少しはジェラシーを感じてくれれば、嬉しいのに。上手いですよ、リチャードは」 

 セックスがか? 
 ピクッとこめかみが雅紀の意思とは関係なく勝手に動いた。

「父さんと比べてではありませんよ」

 雅紀の動揺を見抜いたのか、幸司が言葉を続けた。

「経験を積んだってことか。多数の人間と」
「年相応ですよ。…隆司は、元気にしていますか?」

 幸司が話題を変える。

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