獣以上 12獣以上目次


「別に私は…。リチャードは幸司の補佐という紹介だったが、それは仕事の補佐だけじゃないという意味もあるのだろうか?」
「戸田部長が私のプライベートに興味をお持ちとは、存じませんでした」 
「いや、特に興味はない。君達が仕事以外でどんな関係でも構わない。私が興味があるのは、幸司の首にある痣だ。君のご自宅か、またはこのビルに、この寒い時期にも関わらず蚊でもいるのかと気になっている」
「首、ですか?」

 本人は気付いてなかったようだ。
 リチャードが幸司の首の一点に指を置いた。

「幸司、ココ。ヒッキー」

 幸司の顔がポッと赤くなる。

「蚊でしょう。掻いた覚えはないですが、寝ている時にでも刺されて無意識に掻いたみたいです」

 ヒッキーとリチャードは言った。
 hickey とはキスマークの事だ。
 海外が多い雅紀は当然知っている。
 幸司は、リチャードの言ったヒッキーを否定しなかった。
 だが雅紀には白々しく「蚊」だと言った。

「最近の米語は、蚊に刺された時にもキスマークと表現するらしい。それにしても、こんな時期に出るとは、タチの悪い蚊だ」

 雅紀はリチャードに冷やかな視線を送った。

「タチが悪いというよりは、美味しいモノに目がない美食な蚊じゃないですか。幸司は蚊にとって、季節に関係なく食欲をそそる人間だということですよ」

 いけしゃあしゃあと、リチャードが言う。 
 そのいかにも自分は幸司の味を知っているような口ぶりが、雅紀の勘に障る。

「リチャード、恥ずかしい」
 
 咎めるわけでもなく、頬を染める幸司に、雅紀は自分がどうしてこの場にいるのかを忘れそうになる。
 今直ぐ、幸司をここから連れ去り、詰問したくなった。

「リチャードだって…」
「リチャードが何だって?」

 口籠もる幸司に、雅紀が突っかかるように刺のある言い方で先を促した。

「いや、蚊にしてみたら、食欲をそそる存在だと、…思って」
「だが、刺されたのは、幸司、君だけだろ?」「寝ている時だとしたら、彼も刺されているでしょ」
「あ?」

 二人の関係をあからさまに暴露している幸司の発言に、雅紀が間抜けな声をあげる。

「幸司、戸田部長は君のプライベートには興味ないとさっき仰有っていたぞ」

 こいつが、今の男なのか?
 一緒に寝ていると、言っているのか?
 こんな、薄っぺらい男が俺より好きだと?
 薄々感づいていた。
 幸司の現在を突き付けられ、雅紀は自分で驚くぐらい、動揺していた。

「お前は今でも俺のモノだ」と、胸の裡で叫んでいた。
「失礼しました。アンテナショップに話を戻しましょう」
「少し、休憩をとろう。一服したい」

 リチャードと幸司の顔を並べて見たくなかった。
 頭を切り換える時間が僅かでもいいから、雅紀は欲しかった。
 

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