獣以上 11獣以上目次


 「戸田部長、日本のエステティックサロンの多くは、自社ブランドを使用しているのでは?」

 プレゼンが終わり、会議室では、雅紀と幸司とリチャードの三人だけになっていた。
 一つのテーブルを挟んで三人が密に座っていた。

「リチャード、君の指摘は正しい。大手はだいたいそうだ。それは、今回の企画とは関係ないだろう?」
「関係ない?」
 
 否定されたと思ったのか、リチャードがムッとした表情を見せた。
 ポーカーフェイスが得意の男かと思えば、そうでもないらしい。

「アンテナショップの展開だ。デパートの案同様、独自でテナントを構える形態のみを考えるべきだろう? 医療関係を残しているのは、病院付属で展開するのも面白いと思ったからで、卸す訳じゃない」
「つまり、戸田部長は、エステならサロンごと、アンテナショップとして展開したらと?」
 
 口を閉じたリチャードの代りに幸司が口を開く。

「経費は掛るが、話題性はある。いっそ、ネイルやリラクゼーション、簡単なメンタルケアも出来るショップだと面白いと思うが。化粧品だけのアンテナショップより、広告代理店にも良い案出してもらえそうだ」
「既に、戸田部長の中では、宣伝を含めた戦略が進んでいるようですね」
「企画が良かったので、イケル、と思った迄だ。お宅の社員が優秀だということですよ。実際、医療関係も面白い。最近ドクターズコスメも日本では流行っている。詰めは甘いがよくリサーチしていると感心した。彼等も移動間もないんだろ?」
「ええ。一緒に来日したスタッフですよ。直接彼等を褒めてやれば、喜んだと思いますよ。戸田部長をリスペクトしているスタッフは多い。実際、うちの本社にいらしたら、直ぐに幹部昇格でしょうね」
「むず痒いな。強引な契約の纏め方とかで、悪い噂が広まっているのか?」
 
 ハハハ、と笑ってみせた。しかし、その笑いはパフォーマンスだった。
 幸司のお世辞にも雅紀の中で刺から針に育った感情は治まらず、いつ攻撃してやろうかとその隙を待っていた。

「悪い噂? まさか。リチャード何か聞いているか?」  
「いいえ、特には。―――幸司、大丈夫? 顔色が悪い」
 
 雅紀の前で、リチャードが幸司の頬に自分の甲を当てた。

「大丈夫だから。休憩も取ったし」
 
 と、答えながらもリチャードの手を払うわけではなかった。
 雅紀の見ている前で、リチャードの手はそのまま幸司の額に向った。

「熱がある」
 
 親密ぶりをアピールするようなリチャードの態度。
 拒絶をしない幸司。

「仕事中だよ、リチャード。戸田部長が困っておられる」
 
 リチャードの手から逃れることなく、幸司が雅紀を見た。
 ふふ、と小さな笑みを浮かべたその顔は、雅紀を挑発しているように見えた。
 それが雅紀の攻撃開始の合図となる。


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