獣以上 1獣以上目次



 「戸田君、あの子を是非もう一度、我々にお披露目する気はないのかい?」

 とある会員制のクラブ。
 前方のステージでは男女ではなく男性同士の淫猥なショーが繰り広げられている。
 それを肴にグラスを傾けていた恰幅のよい初老の男が、視線をステージに残したまま、同じテーブルを囲む男に問いかけた。

「残念ながら、あの子はもう私の手を離れてしまいましたので」

 【薔薇の刺】という名のつけられたクラブに群れるのは、いわゆる富裕層の人間だ。
 会員になるためには、ある程度の地位と収入が要求される。
 よって、普通の会社員では、ここのメンバーにはなれない。
 だが、少人数ではあるがサラリーマンも会員に交じっていた。
 そう、エリートと言われる人種だ。
 営業で報奨金を得たり、高額の年俸を稼ぐディーラーだったり。
 戸田雅紀も、会社員でありながらクラブのメンバー資格を持つエリートの一人だった。

「こういう場所のショーも悪くはないが、初々しさが残るあの子を従えてみたかったな」「当分、私にはお披露目できるような相手は出来そうもありません」

 確かにあの子は良かった。
 あんなに一途な子はいなかった、と自分の元を去った少年に、雅紀はしばし思いをはせた。
 自分が手元で一から教え躾た子が、実の息子と今では恋人同士だ。
 世間は狭いと常日頃感じることは多いが、まさか街で拾った子が、息子の親友だったとは思いもよらなかった。

「……皮肉なものだ」

 気がつけば、グラスを片手にボヤいていた。

「何か言ったかな?」
「いえ。…あ、そういえば、徳山さんから、柴田さんが最近嵌っている子がいると聞きましたよ」
「子、といっても、二十は過ぎている」

 ニヤリ、男の口元が緩んだ。
 相当気に入っている証だ。

「それにもう身体は、誰かに開発されてしまっているお古だよ。ただね、精神的にはまだまだ開発途中といった感じで、躾がいはある。顔も綺麗だ」
「興味が湧きますね。是非一度、拝見させて下さい」
「ああ、いいだろう。会を設けよう」

 自慢したいのが、ありありと分った。

「楽しみにしています。では、今日はこれで失礼します」
「もうかね?」

 柴田が、わざとらしくゴールドに輝く腕時計を見た。

「明朝の便でニューヨークなので」
「そうか、彼女によろしく」
「伝えておきますよ」

 彼女とは、雅紀の特定の女の事ではない。
 自由の女神に引っ掛けての柴田特有の見送り言葉なのだ。
 挨拶を済ませると、雅紀は【薔薇の刺】を出た。
 二月の肌を切るような冷たい外気が、雅紀を出迎えた。


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